シリモンコン・ルークシリパットさん急逝!

  • 2018/08/23(木)

ムエタイの歴史に残る名チャンピオン、シリモンコンさんが18日、逝去されました。


直接的死因は心不全かもしれませんが、肺水腫が主な要因のようです。



26日の15時から告別式の後、荼毘になります。
プラユット・タイ国首相からも花輪が送られています。
お寺はワット・ソーマナッ(ワット・ラープラオから変更)で、6番斎場です。
ラジャダムナンスタジアムの裏側になります。

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本名:カセーム・プラパイスィリー
1946年(仏暦2489年)12月2日生まれ(享年71歳)
出身:チャチェンサオ県

--獲得タイトル・受賞歴--
ルンピニースタジアム・フェザー級チャンピオン
1970年(仏暦2513年)3月10日獲得
VS アナンタコーン・ソー・ルークムアンラット

ルンピニースタジアム・ライト級チャンピオン
1974年(仏暦2517年) 獲得
VS パヤックプーム・パヤックカーオ

アマチュアボクシング キングスカップ
金メダル獲得 1973年

タイ国王(ラマ9世)から直々にタイ国最優秀選手賞のトロフィーを受賞。
1973年(仏暦2516年) 9月18日

サイアムキラーアワード殿堂入り
HALL OF FAME受賞 2012年

以上はイングラムプロモーション情報より引用しています。
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皆さん共通の、シリモンコンさんのお人柄は
「出会えばいつも笑顔で優しい方でした。」というもので同感です。
1987年7月19日、日本ライト級王座決定戦で、3位.越川豊(東金)が4位.須田康徳(市原)に判定勝利した時、「コンさんと一緒に撮って」と当時担当の記者に言われてシリモンコンさんと越川豊選手のツーショトを撮ったことがありました。当時のフィルムは出版社に有り、手元には写真もありませんが、何度かリング上やセコンドのシリモンコンさんを撮ったことが思い出されます。
日本ムエタイ連盟という短い期間に存在したある興行では、全試合レフェリーを務められたことがありました。試合中でも笑顔を見せたことに、レフェリーらしくない姿でもありましたが、人柄が溢れている素直な人でした。


(堀田春樹)No.80

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