OGUNI GYM

  • 2005/05/24(火)

2005年3月31日 (木)
30日 OGUNI GYM
豊島区池袋本町にあるOGUNIジム。元は小国ジムといい、斉藤京二会長の出身地、
山形県西置賜郡小国町から取った名前である。言い方は変わらず「おぐに」という。
仕事の出先にはいつも池袋を通ることが多い。以前はよく寄ったものだが、ここ数年
素通りが多かった。忘れられぬうちにと久々に覗いてみる。19:00にジムに入ったら
斉藤会長一人しかいない。このところ、みんな遅めだという。「サッカーでも観てるの
だろうか。そんなことはなかろう。」と言っているうち、どんどんやって来た。まず、トレ
ーナーの清水力一が来る。そして試合が近い選手がやって来る。昨年引退したソム
チャーイ高津もやって来た。高津くんの指導は厳しい。それは高津くんのタイの先生
譲りでもある。もうイジメである。というか、それでなくても昔からの小国ジムのメニュ
ーはツライ。そのまた昔の斉藤会長の古巣・黒崎道場の厳しさが引き継がれている
からだろう。小国からOGUNIに替わっても同じだった。(私は観てるだけだが)
そして5回戦選手や3回戦選手、みんな謙虚に先輩コーチに従う。こういう礼儀作法
が身に付いている若者を見るとホッとする。私が帰る際も、「どこのオッサンだろう」と
思っている選手もいるだろうに、私に向かって「お疲れッス」と送り出してくれるのだか
ら申し訳なく思う。電車の中などでガラの悪い若者を見ると、教育の場って必要だと
思うことがある。法律を守る以前に道徳がわかっていないのだ。
話がそれた。キックボクシングのジムも教育の場となって社会に貢献していると思う
のだ。道徳の話はまた別の機会で述べたい。ブログ用に写真を撮ってると時間を喰
ってしまった。ビックカメラで買い物するつもりだったのに21:00を回ってしまった。
4月24日にはニュージャパンキックボクシング・OGUNIジム興行が、竹の塚のバトル
スフィアTOKYOで行なわれる。(新人戦)
そして5月3日はニュージャパンキックボクシング連盟興行が後楽園ホールで行なわ
れる。タイトルマッチが2試合。国際戦がひとつ。交流戦がひとつである。(他・5回戦・
3回戦)
A&B 高津コーチのミットを蹴る米田貴志
C.   OGUNI GYM内
D.   5回戦に昇格するとパネルが飾られる。
他、  4月24日の試合ポスター。
(堀田)


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ムエタイ (5.12 ラジャダムナン)

  • 2005/05/20(金)

ムエタイ (5.12 ラジャダムナン)















写真A.試合前、鴇コーチにモンコンを預け、祈りを込める。
   B〜M.試合
   N.O.勝者の姿(都合によりO.Nの順)

(5月12日 ラジャダムナンスタジアム)
タイ国ラジャダムナンスタジアム認定ミドル級タイトルマッチ
チャンピォン
○ ラムソンクラーム・スワンアハンジャウィー
                 vs
     日本ミドル級チャンピォン
                      松本 哉朗(藤本)●
        3−0 (50−45.50−45.50−45)
先日、目黒ジムを訪問した際、展望と捉えられる話をブログに載せてしまったので、
結果を報告しないわけにもいかない。しかしタイまで取材に行けるわけでもない。
代わりに行ってくれる人もいない。せめて写真だけでも羅列しようと思ったが、
タイ側カメラマンと連絡が付かない。と思ってた矢先、何ともおっとり構えでやって
来た。日本人なら翌朝にも現像してEMSで即行で送るだろうに消印見たら16日である。
翌日の金曜日をのんびりと無駄にしたようだ。あと、郵便局の土日休みを考慮すれば
ある意味しょうがないかもしれない。そんなことより今後、デジタルカメラでの画像を
送信出来るように相手側に期待したい。
試合は大差ながら松本のパンチも全く効果が無かった訳ではない。が、ラウンド毎の
採点となれば微差に見えてもフルマークが相手に付くことは不思議ではない。本場の
リングとなるとラムソンクラームも自分の距離を守って、前蹴りやヒザ蹴りで松本を
入れさせず、防衛を果たした。松本には、勝ったら誰彼構わずタイ人カメラマンの方
に向かってベルト巻いた姿撮らせるように言っておいたが、そう想定したカットは
ラムソンクラームのベルト姿となって写っていた。
堀田
2005年5月20日 (金) | リンク用URL | トラックバック (0)

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