文部科学省がスポーツ庁創設を検討!

  • 2011/09/16(金)

スポーツ庁、2013年新設を目指しているようです。オリンピックや国際的競技で日本選手を後押しする狙いと、省庁間をまたいでいた日本のスポーツ行政を、スポーツ全般を管轄するスポーツ庁を設置する構想があったようです。オリンピックをはじめとするアマチュア競技が主な対象。ゴチャゴチャしている国内プロ競技は関係ないように思えます。タイ国のような、政府が管轄するプロスポーツ委員会が出来れば理想的ですが。
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今日の産経新聞見た影響での、全くの駄文にて失礼しました。プロ競技に対する影響も考えたのですが、上手くまとめられません。今度、片岡に頼みますね。
(堀田 9.16 23:05)No48

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キックボクシング情報!(MAGNUM.27/ REBELS.9予定カード) 

  • 2011/09/14(水)

新日本キックボクシング協会 MAGNUM.27
2011年10月2日夜興行 / 後楽園ホール

-----石井宏樹の相手、アピサック情報!(情報提供:鈴木秀樹 INGRAM SPORTS (THAILAND) CO.,LTD.)
アピサック・K.T.ジムは、8月24日のラジャダムヌンスタジアムでの興行で、以前、サガッペットにヒジでダウン取って勝っているウィナイレックと対戦し(138P契約)、最終ラウンドにヒジで大逆転TKO勝利を収めました。兄弟のアピシット・K.T.ジムもラジャダムヌン・ライト級5位(8月発表)、WPMF世界スーパーフェザー級暫定王者です。(フランスで獲得)-----

石井宏樹の4度目のムエタイ王座挑戦です。歴史と伝統と価値を合わせたものでは“世界”という冠は付かずともキック競技の中で最高峰と思います。獲るだけでも難しいですが、獲ってもまだゴールではない。過去の日本人王者を越えなくてはならない期待が懸かります。
日本ミドル級タイトルマッチは5月に無効試合となったタイトルマッチ再戦です。ノンタイトル含め6度目の対戦。
深津飛成が正式に引退となります。彼のデビューは日本キック連盟時代、荒々しい16歳の頃でした。フライ級王座戦での試合が一番活発な頃だったように思います。昨年は立嶋篤史に負傷TKO負けしましたが、以前なら立嶋と対戦なんて想像できないカードでした。
---主要6試合---
-タイ国ラジャダムナンスタジアム・スーパーライト級王座決定戦 5回戦-
2位/アピサック・K.Tジム(タイ)vs6位/石井 宏樹(藤本)
-日本ミドル級タイトルマッチ5回戦/チャンピオン・宮本武勇志(治政館)vs 同級1位・喜多村誠(伊原)-
-スーパーバンタム級3回戦/日本バンタム級チャンピオン・江幡 塁(伊原)vsクワントーン・ルークペットノーイ(タイ)-
-深津飛成引退エキシビジョンマッチ/深津飛成(伊原)EX東洋スーパーフェザー級チャンピオン・蘇我英樹(市原)-
-フェザー級3回戦/日本フェザー級2位・兼子ただし(伊原)vsフア-サイ・ヨックタイジム(タイ)-
-ライト級3回戦/日本ライト級3位・朴龍(市原)vs日本ライト級5位・湯澤 尚也(伊原)-

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REBELS.9
2011年10月23日(日) / ディファ有明 / 開場16:00 開始16:30

情報提供:(株)トライバス、大島健太  (文、一部省略)
---主要カード6試合---
-IT'S SHOWTIME世界61kg級王座挑戦者決定戦3回戦-
板橋寛(スクランブル渋谷)vs山本真弘(藤原/元全日本フェザー級C)
-70.0kg契約3回戦/日菜太(湘南格闘クラブ)vs未定-
-ウェルター級3回戦/WPMF日本ウェルター級チャンピオン・渡部太基(藤原)vs喜入衆(フォルティス渋谷)-
-ヘビー級5回戦/日本ヘビー級チャンピオン・松本哉朗(藤本)vsダイヤモンド・フライヤー(ニュージーランド)-
-ウェルター級5回戦/WPMF日本ウェルター級1位/藤倉悠作(ASSHI-P)vs同級8位/T-98(タクヤ/C吉祥寺)-
-フェザー級5回戦/立嶋篤史(ASSHI-PROJECT/元全日本フェザー級C)vs原島祐治(侍塾)-

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10月23日、REBELSプロモーション主催興行で行われる「IT'S SHOWTIME JAPAN」カウントダウン企画として行われるIT'S SHOWTIMEルールのメインカードとして、ST世界61kg級王座挑戦者決定戦、山本真弘×板橋寛の一戦が決定いたしました。 この試合の勝者が、日本からのIT’S SHOWTIME世界61kg級王座挑戦者となり、欧州に招聘または、日本で行われるIT'S SHOWTIME認定興行にて同タイトルに挑戦することとなります。
現在の王者は、ハビエル・エルナンデス(スペイン)。今年6月18日にカリム・ベノーイ(フランス)を破って王者となり、そのベノーイは、今年3月18日、当時の王者、セルジオ・ヴィールセンに勝って戴冠。そのヴィールセンが、昨年12月11日、山本真弘の挑戦を受け、ダウンを奪取した上で3RTKO勝利で防衛しているだけにST世界タイトルのレベルの高さがうかがえます。

板橋寛と山本真弘は、昨年4月7日に対戦。その際は、延長ラウンドにまでもつれ込み、山本が判定勝ちしておりますが、そこから山本は、悪夢の3連敗、板橋は、カノンスックやアヌワット・ゲオサムリット、山本元気を破る金星で急上昇中なだけに勝敗が読めない状態となっております。

藤倉悠作は、7月18日のREBELS.8で、WPMF日本ウェルター級1位(当時)のライバル、田中秀弥からダウンを奪い、大激戦の上、判定で勝利しており、渡部太基(藤原ジム)の持つWPMF日本ウェルター級王座に最も近い男となっています。一方、T-98(タクヤ)は、同じく7月18日、STルールで渡部からダウンを奪って判定3-0で快勝。 勝者は次期挑戦者最有力候補となり、白熱のWPMF日本ウェルター級戦線の重要な一戦となります。

追加カードで、REBELSとM-1で名勝負が連続し大いに盛り上がったWPMF日本ウェルター級王座決定トーナメントを3戦3勝(3KO)で勝ち上がりベルトを巻き、“REBELSエース”の一角まで成りあがった渡部太基が、今年4月24日、“韓流帝王”イム・チビンの激闘で完全燃焼し、電池が切れてしまったかのようにスランプに突入しているところ。7月24日にSTルールでT-98に敗れ、易々と金星を献上してしまいました。
野性味あふれる攻撃性と破壊力で暴力的な魅力に満ちていいた渡部の復活はなるか?対するは、精悍なルックスと運動量豊富なファイトスタイルでJ-NETWORKの看板選手として活躍する“褐色の荒馬”喜入衆。ST世界65kg級王座を新たな目標として見据えるベテランがREBELS初参戦を果たします。

日菜太は今年7月18日、ジョルジオ・ペトロシアン戦からの復帰戦、“湘南の太陽”の再起にご期待ください! また、日菜太は来年1月28日、オランダで行われる「IT’S SHOWTIME」興行への参戦が決定! 対戦相手は、サイモン・ルッツST代表より、近日中に発表されます。

日本ヘビー級チャンピオン、松本哉朗(藤本)は、今年4月24日、ディファ有明で行われたREBELS.7で、菊池圭治を凄まじい肘打ちで3RKOし、長らく名門エースとして君臨する破壊的な強さを見せつけました。「5回戦、肘打ちあり、首相撲無制限こそがキックボクシング」と正統派のキックを愛する松本が、再びREBELSのリングに登場します。対戦相手は、元ラジャダムナンスタジアム認定ミドル級1位で、肘打ちを得意とする193cmのアフリカ系ニュージーランド人ファイター。現在、タイでムエタイジムを経営しており、昨年、新たにPK.1世界ヘビー級王者を獲得し、ベルトコレクションを増やしている。日本滞在歴もあり、その際は、ニコラス・ペタスを頼り、THE SPIRT GYM(現:バンゲリングベイ・スピリット)に所属していた。ヘビー級ムエタイの迫力ある一戦にご期待ください!

飽くなきキックボクシング道を追求する“キックのカリスマ”立嶋篤史が、三たびREBELSに登場、原島祐治と対戦します。苦戦が続く立嶋がリングで何を表現するか、ご期待ください!
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キックネタに戻ってしまいました。日々、ひとりごとレベルにお付き合いありがとうございます。堀田記事はいつまでも続きませんので御安心ください。

(堀田 9.14  22:45 / 9.15 21:30 / 9.16 23:00 / 9.22 23:25)No47


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蹴撃群雄伝・第17回(新妻聡)

  • 2011/09/09(金)

“肉体言語”貫いた野武士”
元・WKBA世界スーパーライト級チャンピオン 新妻聡(目黒)

写真=まさに野武士を思わせた新妻。その生き様は今も語り草になっている。
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新妻聡(目黒)の格闘スタイルは「肉体言語」。多くを語らず、相手がひれ伏すまで倒す精神で己の生き方を示し、それは“野武士”と形容され絶大な人気を誇った。

日本体育大学で柔道を学び、教員になることを勧められていたが、「先生よりチャンピオンと呼ばれたい」とキックボクシングの道を選んだ。
昭和63年9月、21歳でデビューし、初戦はKO負け。2戦目は柔道の内股で相手をのばしてしまい失格負け。しかし、そこから7連勝。日本ライト級上位にランクインした。
新妻の所属する目黒ジムは、古くからボクシングとつながりが深く、プロボクサーとのスパーリングに恵まれ、新妻は右ストレートと左フックが得意技となった。
平成2年、タイでの試合も“タイ人にはパンチで勝負”と左フックでブッ飛ばし、パンチには自信を深めていた。
平成6年7月、ハンマー松井(花澤)を破り、日本ライト級王座獲得。過激な王者ロードはここから始まった。
同年11月、ラジャダムナン・ライト級前王者、ゲントーン・ギャットモンテープ(タイ)に判定勝ち。日本式判定で勝っても内容で圧倒できない苛立ちはあったものの、ムエタイのトップクラスに通用する実力を着実に身につけていた。
王座は二度防衛し、タイの英雄、サーマート・パヤカルンやオランダのKO率80%を越える強豪、ノエル・バンデン・ファウベルに終始圧倒されながら、いずれも右ストレートでグラつかせる大健闘。敗れてもただでは終らせぬ見せ場をつくる姿は、まさに野武士魂であった。
新妻は現役生活の中で、どの試合もベストファイトと言えるほど全力で戦った。ボロ負けしても決して痛々しい顔は見せなかった。
平成8年、日本キックボクシング協会復興のリングで、WKBA世界スーパーライト級王座に挑戦。新天地でエース格の責任を背負って王者、ヘクター・ペーナ(米国)に挑んだが、ハードパンチャー同士の打ち合いに敗れた。病院に運ばれるほどのダメージを負ったが、“幻のKO”といわれるヒザ蹴りが、ペーナのごまかし抗議でファウルキック裁定となったことで、その日のうちに再挑戦を決意した。
同年12月、新妻は執念でペーナをKO。日本人初のWKBA世界王座を奪取した。
平成12年7月、新妻はラストファイトに臨む。タイ国ラジャダムナン系スーパーライト級チャンピオン、ノッパデーソン・チューワタナとの一戦。新妻は死に場所を決めたかのように完全燃焼の試合に向け、半年前から走り込み、調整に入っていた。相手にボロ切れのように蹴られ続けたが、倒れずに踏ん張り、なおも向かっていく姿は最後まで“肉体言語”を貫いたものだった。
リング上での鋭い目つきも普段は優しい笑顔で仲間を和ませる。現在は指導する側としての難しさを体験しながら次の世代へ“野武士魂”を伝えている。
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後記 /
ナイタイスポーツ掲載が2002年春頃、デビュー2戦目の失格負けは相手を投げ飛ばしたあと、「やった〜!」とガッツポーズを取ったところで失格負けを宣せられて笑いを受ける2連敗。ある時は、入場の際、ロープを飛び越えようとジャンプしたあとは滑って転げて笑いを受けるドジっぷりも憎めない新人時代のイメージだったが、沢村忠に似ている風貌や、豪快な強さが伴うスター的要素に期待がかかっていった。MA日本キック連盟時代は、メインイベンター複数制で存在感も薄かったが、日本キックボクシング協会が復興された1996年6月には当然メインイベンターとして登場。新しい老舗日本系列のスターとして小野寺力と共に活躍が期待されたが、扱いが何とも小さくなっていったのが惜しい存在だった。「強い者としかやりたくない」という新妻の希望もあったが、日本人対決も含めて大いにWKBA世界タイトルの活用で戦って欲しかったと思う。それが出来なかった興行の都合もあるが、もっと実績を残す活躍させてやりたかった選手であった。

引退後は文京区白山に新妻格闘塾を開設したが現在は閉鎖。身も心も大酒、激辛料理食らっても元気な現在という事で、またキック業界に絡んで来て欲しい存在である。
長い年月掛けてノロマに進む蹴撃群雄伝です。素人記事が続きますが、すみませんです。

(堀田 9.9 23:00)No42

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春樹のひとりごと!No16(具志堅用高ラストファイト)

  • 2011/09/05(月)


「カッコいい世界チャンピオンも、最後は顔を腫らして血を流しながら無様な姿をさらしてリングを去るんだ」
 これが輪島功一がオスカー・アルバラードからタイトルを奪われた時に、親父に言われた言葉でした。それまでの世界チャンピオンがみんなそうでした。輪島は復活したが、本当の最後ではエディ・ガソにそんな姿で敗れ去った。
 カッコいい具志堅がいつどういう陥落をするのか、そんなことも考えながら勝ち続ける防衛戦を観ていたように思います。V11戦の金竜鉉に苦戦したとき、その終焉は近いと思えた試合でした。でもV13戦で苦戦した相手には圧勝して欲しかった。ペドロ・フローレスにいい気にさせてはいけない。再戦というのはチャンピオンの経験が優って強く立ちはだかるものと、勝手ながらそう思っていました。小熊正二を退けたミゲール・カントやベツリオ・ゴンザレスのように。
「一番いい時期に辞めればいいものをあと1回、あと1回と欲が出て無様な姿を見せることになる」
 これも親父が言っていたこと。いつまでも頂点には君臨できない。これがプロボクシングの世界でした。いつも具志堅の世界戦は1週間前から緊張感がありました。挑戦者が皆、強そうに見えて。最後は具志堅が打たれ続けタオルが舞った。寂しい終焉でした。

 この具志堅敗戦の翌月、私は上京しました。この号が田舎で見た最終号です。東京に来て、最初の世界戦観戦(テレビで)が村田英次郎の試合。期待感あったのに何とも不完全燃焼試合で裏切られた思いでした。上原康恒は王座を失い、渡辺二郎も惜敗。5月は大熊正二も王座を失い、私の上京で呪われたかのように世界王者が次々と失い、三原正の世界奪取まで世界王者は不在でした。勝手な思い過ごしのひとりごとでした。

(堀田 9.5 0:10)No40

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