第6回岡山ジム主催興行、出場選手インタビュー!

  • 2019/10/05(土)

11月17日(日)岡山市総合文化体育館メインアリーナで開催される第6回岡山ジム主催興行のインタビュー情報が配信されていますので、公開します。

取材・文:JAPAN KICKBOXING INNOVATION広報部

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

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興行情報:
http://okayamakickboxing.blog.jp/archives/33009446.html

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NOBU BRAVELY(BRAVELY) 1982年10月16日大分県別府市出身
31戦17勝13敗1分 / 元WPMF世界スーパーライト級暫定王者

——トーナメントが間近となりました。この過酷な肘打ちありのワンデイトーナメント、錚々たるチャンピオンたちが集結しております。NOBU BRAVELY選手は、岡山興行シリーズ初参戦で、大分県におられるだけに情報も少ないので、生い立ちからお聞かせください。
NOBU=「大分県別府市で生まれ育ちました。父がバドミントン選手で指導者でもあり、子供の頃からバドミントン漬けで、高校も大学もスポーツ推薦だっただけに、十代はバドミントン一色の青春でした。」

——代表的な成績は?
NOBU=「高校時代に福岡県と九州地区で優勝して、冬の全国選抜でベスト8に入りました。」

——将来のオリンピックも夢じゃない路線だったのでは。
NOBU=「そこを目指して大学に行ったんですけど、3年で中退してしまって。自分も若かったので、バドミントンに飽きて遊びたかったってくらいの理由です。」

——キックボクシングとの出会いは?
NOBU=「キックの前にボクシングをやっていました。大分のボクシングジムに友人から誘われて。」

——格闘技がお好きだった?
NOBU=「プロレスはかなりですね。ジャンボ鶴田のファンでした。アントニオ猪木の引退カウントダウンで福岡ドームにグレート・ムタ戦を見に行ったりしました。ですが、ボクシングは、プロを目指すってほどではなくって、2年くらいダラダラっと通ってプロテストには合格しました。」

——そのままプロボクサーに?

NOBU=「あくまで趣味の範疇なので、そこまでの気持ちはなかったです。ただ、その頃、親友の伴政和会長がムエタイジム(BRAVELY GYM)を出したので、「格闘技経験者にいてもらったら助かる」と声をかけてもらったのが始まりです。」

——伴会長とは、昔から知り合い?
NOBU=「幼稚園からの同級生で幼馴染です。そんな訳でキックは26歳くらいからの遅めでした。」

——キックでは試合を?
NOBU=「元々スポーツをやりこんでいただけに、始めるとそれなりの練習量をこなしてしまって、気づけばアマチュア大会に出てプロになっていました(笑)。」

——それがチャンピオンベルトを巻くに至るまでとなるのは?
NOBU=「九州の地方で小さな興行で選手だったわけですが、ある時、THE OUTSIDERで有名だった加藤友弥選手とM-1のディファ有明興行(2014年3月30日)でランキング戦を組んでいただいて勝つことができたんですね。そこから本気で取り組むようになって、すると9連勝でWPMF日本スーパーライト級タイトルに挑戦させていただきました。2016年1月24日、初めての地元主催興行「第1回KODO−魂動−」のメインで、チャンピオンは不可思選手でした。」

——後のKNOCK OUT王者、不可思戦、結果は?
NOBU=「ローキックで5ラウンド、レフェリーストップのTKO負けでした。そこからですね。引くに引けなくなって、全力で取り組むようになり、2017年11月26日、M-1のディファ有明興行で平井道場の加藤真也選手との王座決定戦を3ラウンドTKO勝ちでWPMF日本王座を獲ることができました。」

——これまで30戦以上を戦い、印象に残っている試合は?
NOBU=「昨年末(12月9日)、BOM横浜興行のガオナー・PKセンチャイムエタイジム戦です。」

——ガオナーは、ルンピニースタジアムの二階級制覇王者、現役バリバリ、ムエタイのトップ中のトップです。
NOBU=「モノが違いましたね。1ラウンド終了間際に肘で斬られてTKO負けでした。しかし、本物の一流に触れられたことは勉強になりました。」

——ここ最近は、タイでの活躍が目立ちます。
NOBU=「もう2年くらいタイ人としか試合をしていません。今ではMAXムエタイのテレビマッチが中心です。」

——「ムエタイ版K-1」とも言われる3ラウンド(通常のムエタイは5ラウンド)の激しいムエタイを売りにしたプロモーションですね。

現在、ここが主戦場になっています。5試合で、5人のMAXムエタイ王者とやって、2つはKO勝ちしましたが、3つは負けてしまって。当面、ここのチャンピオンになることが目標です。」

——そんな中、ZAIMAXトーナメント出場が決まり、初戦の相手は“クレイジーピエロ”山口裕人選手となりました。
NOBU=「相手は誰でもいいです。とにかく、まずは最初の1試合を勝たねば。ですので、ワンマッチのつもりでこの試合に全力で当たります。」

——山口選手の印象は?
NOBU=「正直、あのパンチはもらう気がしません。」

——木村“フィリップ”ミノル選手など数々の強豪を沈めてきた強烈な拳です。
NOBU=「外から入ってくるああいったパンチは自分には当たりません。当たったとしても打たれ強さには自信があります。これまでパンチでダウンしたことは1回しかありません。クンルンファイトで中国遠征した時、中国人選手に不意のカウンターを喰らってしまったそれだけです。不可思選手との試合は、ローキックをもらいすぎてTKO負けですが、それも倒れることはありませんでした。」

——プロボクシングライセンスを持たれているボクサー出身だとは初耳でしたが、タイ風のリングネームやタイを主戦場にされていることから「NOBU選手はムエタイスタイル」との憶測強く、山口選手も対ムエタイとして肘打ちや首相撲に警戒されているような気がします。」
NOBU=「実は首相撲、苦手なんですよ(笑)。」

——準決勝戦の相手は、小川翔×ジン・シジュン、どちらが上がってくると思われますか?
NOBU=「断言はできませんけど、今回のメンバーで一番やりにくいのは小川選手です。バランスが良く穴が少ない感じで。」

——では、決勝戦は?
NOBU=「1番やりたいのは、タップロン選手。昔からの希望でした。ムエタイを熟知しているので、最も難敵ではあるでしょうけれど。」

——自分を除く7名の選手と対戦経験は?
それがないんです。誰と当たろうと出たとこ勝負。なるべく怪我のない良い状態で決勝戦を迎えたいところです。」

——優勝の自信は?
NOBU=「もちろんあります。」

——大きなタイトルを手に入れて、その後の展望は?
NOBU=「まずはMAXムエタイ。そのスケジュールの合間に良いオファーをいただければなんでも。」

——ムエタイならばどこにでも?
NOBU=「以前、意外とRISEにも出たことがあるんですよ。どんなルールでもタイミングが合えば、どこででも戦います。それが自分のムエタイですから。」




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水落洋祐(エイワスポーツ)vsタップロン・ハーデスワークアウト(タイ)


水落洋祐(エイワスポーツ)1984年6月15日神奈川県横浜市出身
元・WPMF世界ライト級チャンピオン.74戦38勝(20KO)34敗2分
——大注目のZAIMAXトーナメントまで間もなくとなりました。体調はいかがですか?
水落洋祐=「今現在(約1週間前)は、練習で疲れが溜まっていますけれど、ここから体重を落として疲労を抜く調整に入るので問題ありません。良いコンディションでリングに上がれそうです。」

——ベテランの水落選手だけにそこに抜かりはなさそうですが、9月29日の前試合、RISEの後楽園ホール興行、チームドラゴンの北井智大に衝撃的な1ラウンドKO負けを喫してしまっただけに、トーナメント出場も危ぶまれ心配しておりました。
水落洋祐=「・・・・・申し訳ないです。」

——北井選手は好ファイターではありますが、まさかの結果、しかも前のめりに昏倒するショッキングなノックアウトだったので驚きました。何か特別な敗因があったとか?
水落洋祐=「いえ、何も言うことはありません。あの日、俺よりも相手が強かった。それだけです。」

——その後のダメージは?
水落洋祐=「身体の方は、病院で検査をしてOKをいただきました。」

——それはひと安心です。水落選手は、昔から格上に劇的なKO勝利をすることもあれば、意外な伏兵に不覚を取ることもあり、安心して試合が見られないタイプで、だからこそ激闘王として勇名を馳せているともいえます。
水落洋祐=「そうですね、その波、いらないです。練習して訂正していきます。」

——そして、今度のトーナメント、初戦の相手は、2016年11月1日、シュートボクシングの看板企画、S-cupで2ラウンドTKO負けしているタップロン・ハーデスワークアウトです。
水落洋祐=「リベンジのチャンス、望むところです。」

——1度手を合わせているだけにどんな対策を。
水落洋祐=「秘策はあります。そこを集中して練習していますので見ていてください。」

——準決勝戦は、マサ佐藤×翔貴の勝者となります。
水落洋祐=「できれば、マサ選手に上がってもらいたいです。」

——実現すれば、2018年2月12日、KNOCK OUTで喰らわされた番狂わせ(3ラウンドTKO負け)のリベンジチャンスです。
水落洋祐=「今回のトーナメントの組合せを見て驚きました。これで決勝戦が山口裕人選手だったら最高じゃないですか?」

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決勝戦で山口選手が上がってきたら、これは逆に今年4月29日、KNOCK OUTで激闘の上、判定勝ちしただけに山口選手の復讐戦となります、
水落洋祐=「それもまたドラマティックで最高だなと。」

——そう上手く事が運ぶかは神のみぞ知りますが可能性は確かにあります。
水落洋祐=「もちろん、反対ブロックは、自分が見たところ山口選手か小川翔選手が出てきそうですが、ノーマークのジン・シジュン選手だって、一昨年、タップロン選手に勝っているんだから油断はできないし、NOBU BRAVARY選手だって良い選手でしょう。もちろん3試合すべてがリベンジマッチで優勝は最高中の最高ですが、まずは勝つこと。自分のスタイルを貫き通すことに集中します。」

——改めて水落選手が語る自身のスタイルとは?
水落洋祐=「上手く言い表せませんが、ガンガン前に出る……です。」

——それは誰もがわかっています。
水落洋祐=「口下手なものですみません(笑)。とにかくガッチリ練習して、リングでお見せします。)

——水落選手は、長年トップランクに居続ける日本有数のベテランファイターですが、現在、プロ何年目になるでしょう?
水落洋祐=「んんー、19歳でデビューしたから……16年でしょうか? 70試合くらいしたと思いますが正確な数字は忘れました(正確には74戦)。」

——自分のキャリアを忘れるほど戦い続けてきたわけですが、今後の目標、もしくは選手生活の終着点など見据えられているのでしょうか?
水落洋祐=「最強……強くなりたい。」

——「誰とやりたい」とか「あのリングに上がりたい」とかは?
水落洋祐=「良いお話をいただいてタイミングがあえば、どこだって、どんなルールだってやります。しかし、今は目の前のトーナメントしか考えられません。そこだけに集中します。」

——水落選手らしい純粋な愚直さを感じます。
水落洋祐=「強くなりたい。今でもその思いは新人の頃から変わったことはありません。毎日練習を重ねて少しずつ近づいています。わかるんです、昨日の俺より今日の俺が強い。明日はもっと強い。それを岡山で証明します。」


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WPMF女子世界フライ級タイトルマッチ 5回戦
チャンピオン.タナンチャノック・ゲーオサムリット(タイ)vs挑戦者.小林愛三(NEXT LEVEL渋谷)


小林愛三(=マナゾウ/NEXTLEVEL渋谷)
1996年2月18日東京都出身 / 2015年12月6日デビュー
16戦11勝(3KO)1敗4分
ステータス:初代MuayThaiOpen女子フライ級チャンピオン

——KNOCK OUTの女子エースとして活躍してきた小林選手が久しぶりのリング、しかも世界タイトル挑戦という大舞台です。
小林愛三=「今年4月のイリアーナ・ヴァレンティーノ戦以来だから約7か月振り復帰戦で、こんな私に最高のオファーをいただき感謝しかありません。」

——「こんな私」とは?
小林愛三=「今年7月5日、RISEさんでいただいたミニフライ級(-49kg以下)王座決定トーナメントのチャンスを計量オーバーという、あってはならない大失態で壊してしまったことです。」

——生真面目な印象が強い小林選手の失格には驚きましたが、一体何が?
小林愛三=「すべて言い訳になってしまうので、ただただ私が悪かった、それだけです。選手として、人として、対戦相手や興行主催者の方々、成田会長(NEXT LEVEL渋谷)と牧さん、いつも応援いただいている方々をはじめ多くの人を裏切ってしまい、改めて本当に申し訳ございません。」

——ヴィジュアルファイターとしても注目される小林選手が髪を切り落とし、寡黙に鍛錬を重ねてきた様子から、謝罪の気持ちは十二分に伝わってきます。
小林愛三=「それにもかかわらず近くから応援し続けてきてくれた人たちに「変わった自分」を見て安心していただくことが一番の恩返しと心得ていますが、それは口で言うでも、動きを見てもらうでもなく、感じて解っていただくことだと思いますので、次の試合でそれを命懸けで表現します。」

——その思いの丈をぶつける世界王者、タナンチャノック・ゲーオサムリットは、相当の強豪です。
小林愛三=「はい、メチャメチャ強いです。」

——詳しく解説してください。
小林愛三=「自分の距離を保って相手の動きを殺すことに長けています。右ミドルキックは強烈で、あらゆる攻撃にあわせることができるでしょう。“強い”かつ“やりにくさ”を感じます。」

——そんなチャンピオンにどう戦い勝ちますか?
小林愛三=「相手以上に自分の距離をキープすること。自分にはタナンチャノックほどの技術はないですけれど、これまでコツコツと積み上げてきたことを貫けば、倒す機会が巡ってくると信じます。」

——その倒す武器は?
小林愛三=「右の蹴りが得意ですが、今回は特に近距離のパンチに力を入れて練習しています。」

——近距離の攻撃といえば、2018年12月9日のKNOCK OUT、“ムエタイ世界最強女王” 伊藤紗弥戦で、互角の攻防の中、突如として最終回の第5ラウンドで見せた振り下ろしの斧のような肘打ち連打は圧巻でした。
小林愛三=「アレを出したことも覚えていなくて、後でVTRを見てビックリしました。

——密かに練習してきた技のひとつではない?
小林愛三=「はい、練習したこともなくって。気づいたら本能的に出てしまったというか。覚えているのは“ぶっ殺してやる!”って感情だけで……。」

——狂戦士というか「エヴァンゲリオン」の暴走モードのようです。
小林愛三=「だとしたら、それを自分の意志で自在に操れるようになることが今取り組んでいることでもあります。」

——それが成せれば前代未聞の強さを手に入れることができるかもしれません。
小林愛三=「そこは何としても身に着けます。けど、私が本当に欲しい“強さ”は、そういったものだけではありません。」

——というと?
小林愛三=「例えば、同じジムの紅絹先輩のような心に筋金が通った芯のある強さ。技術や力や速さなど表面上のものだけではない確かなもの。」

——なるほど、大きく熱い目標です。
小林愛三=「今回、挑ませていただくWPMF世界タイトルは、私がプロデビューしたころからの憧れで、この機会、正直、すごく嬉しいです。でも、世界チャンピオンになることが目的じゃない。私が先生方や先輩、後輩たちから教わってきたことを結実して辿りつく真の心の強さを手に入れることができれば、チャンピオンベルトも最強の称号も勝手についてくるんじゃないかと思うんです。」


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WPMF世界フェザー級暫定タイトルマッチ 5回戦
暫定チャンピオン.プレム・T.C.ムエタイ(タイ)vs挑戦者.安本晴翔(橋本)


プレム・T.C.ムエタイ インタビュー
1998年6月5日タイ・ロイエット県出身 / 89戦勝67勝(15KO)21敗1分 
WPMF世界フェザー級暫定チャンピオン、IPCCインターコンチネンタル・スーパーフェザー級チャンピオン

取材・文:鈴木秀樹(INGRAM SPORTS THAILAND CO.,LTD.)
——いよいよ日本での試合までもう間もなくとなりましたが、調子はどうですか?
プレム=「調子はまったく問題ないです。早く試合がしたいですね。」

——日本は初めてですか?
プレム=「日本は初めてで、すごく楽しみです。」

——最後の試合はいつですか?
プレム=「8月の香港での試合です。ブラジル人選手に判定勝ちしてIPCCタイトルを獲得しました。」

——IPCCのタイトルはスーパーフェザー級(58.97kg)ですが、今回のフェザー級(57.15kg)の減量はきつくないですか? 普段は何kgくらいでしょう?
プレム=「普段は61kgくらいですからまったく問題ないです。サバーイサバーイ(楽々)です。」

——相手の安本晴翔選手を見たことありますか? 対策などは?
プレム=「彼の試合など見たことはないです……試合動画とかありますか?(YouTubeの試合動画を見せ、ひと通り見た後)問題ないです。チャイダーイ(なかなか)の選手だと思いますよ。」

——現在連勝中で、勢いのある超新星です。
プレム=「サウスポーで良い選手だと思いますが、問題ないです。ルールがムエタイルールですからまったく心配していません。」

——自身が保持するWPMFの防衛戦になります。もちろんフルムエタイルールですが、レフェリーとジャッジは日本の方々になるかと思います。
プレム=「ルールがムエタイルールであれば大丈夫です。首相撲からのヒザ蹴りが無かったり、ヒジ打ちが禁止されていたら戸惑うと思いますが、ムエタイである以上大丈夫です。」

——判定だと微妙な部分も出てきてしまうかもしれないですよ。
プレム=「判定だと不利になるようならKOで倒すだけです。KOが一番分かりやすいですからね(ニヤリ)。」

——おおっ、KO宣言ですね! 安本選手も最近はよくパンチでKO勝ちしていて倒し合いは望むところだと思います。
プレム=「外国人選手はみんなパンチが強いので、もらわないで自分の攻撃を入れるだけです。相手の試合動画を見てトレーナーらとしっかり対策していきますので、マイミーパンハー(問題ない)です。」

——自信満々ですね。良い試合を期待しています。この試合に勝てば、また日本からのオファーも増えてくるでしょう。
プレム=「日本期待の選手だとは思いますが、ボクもこの試合をキッカケに海外での試合を増やしたいので、その為の良いチャンスにさせてもらいます。」

——最後に一言。
プレム=「精一杯戦います。日本で初めて試合をしますが、このチャンスを活かしてゴーインター(世界中からオファーが来る国際的なタイ選手への第一歩)にしたいと思います!」

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安本晴翔インタビュー

取材・文:JAPAN KICKBOXING INNOVATION広報部

——アマチュアキックボクシングで頂点を極め、中学卒業からすぐにプロデビューして以来、“天才児”“超新星”といった大型ホープを形容する修飾詞を一通り付けられながら、現在、18戦で3冠王と順調に実績を伸ばしている安本選手ですが、今回、初の世界戦と相成りました。
安本晴翔=「素直に嬉しいです。相手が強いタイ人ですし。」

——プレム・T.C.ムエタイの試合動画は、すでにチェック済み?
安本晴翔=「はい、めちゃ強いです。」

——アマ24冠王でプロでも当たり前のようにベルトを増やしている安本選手だけにタイトルマッチ不感症にはならない?
安本晴翔=「そう思えてしまう安易なタイトルマッチや価値の薄いベルトならあるかもしれませんが、小さな頃から見てきたWPMFのしかも“世界”が付くヤツはやっぱり違います。」

——世界王者になることは、競技人生でピリオド(区切り)のひとつになる?
安本晴翔=「それはわかんないです。なってみないと。世界チャンピオンの肩書って嬉しくはありますが、本当に強い相手とお客さんが喜ぶ試合をして獲らなくてはまったく意味がないとも思うので。プレム選手がそんな強敵で、凄い試合をして勝てれば、それは僕の人生で大切な1ページになるでしょう。町田さんが岡山でWPMF世界王者になった試合も凄かったし、同じく岡山の初防衛戦もとんでもない試合でした。啓介さんの逆転KOも最高でした。ああいう相手とあんな試合ができれば本望です。」

——また、安本選手は、肘打ちや首相撲を制限したRISEルールや投げや関節技まで許容するシュートボクシングルールなど幅広く戦い、以前のインタビューでは「MMAにも興味がある」とまで語っておられました。ご自身のベストルールはあるのでしょうか?
安本晴翔=「ルールに絶対のこだわりはありません。ただ、ムエタイルールというか昔ながらのヒジ打ちあり、首相撲あの5回戦って純キックボクシングルールがベストなのは間違いないです。MMAは……キックを極められたら、それからあるかもないかもです(笑)。」

——肘打ちや首相撲に苦手意識はない?
安本晴翔=「苦手ではないけど怖いです。相手がタイ人であるなら尚更に。だからこそ挑みたいし価値があるかなって。橋本道場ですから、パンチと蹴りはどんなムエタイにも上回る自信があります。首相撲もヒジ打ちも研究していますし、やられない自信はあります。それをリングで体現できるか、そこがたまらないスリルです。」

——橋本道場は、もう30年以上も空手とキックボクシングで王者の絶えたことがない超名門ですが、幼い頃から橋本敏彦会長が我が子のよう付き添ってきた安本選手は、ここの申し子といえるのではないでしょうか? 山本隆治、森田晃允、山本佑機と壮泰、加藤竜二、そして、今、町田光や宮元啓介と続いてきたチャンピオンロードの終着点は安本選手のような気がします。
安本晴翔=「そう言っていただけるのは嬉しいしかないですが、そんな実感もないし、恐縮だし、とんでもないし、よくわかりません。自分の後輩には、僕よりもアマでベルトを獲った竜だっているし、まだまだ強い子も育っていますから。」

——橋本会長は、安本選手と幼い頃からどこでも一緒で、連盟会議でさえ膝の上に乗せて連れてきていたと聞きます。
安本晴翔=「そうですね。MA日本やJK・INNOVATIONだけじゃなくWBCムエタイとかの会議まで(笑)。」

——アマ時代から興行の裏の裏まで見聞きされているわけで、あまりに異質な体験です。
安本晴翔=「会議の内容とか難しいことはいつも寝ていて解ってもいなければ、覚えてもいないんですが、興行って試合の日だけじゃなくて何か月も前から沢山の人が色々集まって力を合わせて成り立っているんだってことを知ることはできました。」

——冗談ではありますが、安本選手を橋本会長の年の離れた息子さんだと思われている関係者もいたそうです。
安本晴翔=「確かに家族よりも一緒にいる時間ははるかに多いですし、実のお父さんとは別に父親的な感じはあります。お母さんもお父さんもお姉ちゃんも道場や興行に出入りさせていただいていて一家でお世話になっている感じですし(笑)。」

——確かにJK・INNOVATION興行で音響係をされているお父さんをお見掛けしたことがありますし、お母さんは、まるで橋本会長の秘書のような具合に見えることもあります。ずっとそんな関係が続いているのですか?
安本晴翔=「凸凹は色々ありましたが、なんとか。」

——凸凹と言われると?
安本晴翔=「自分が未熟でバカなばっかりに“破門だ!”と出入り禁止を申し渡されるようなことも何度かありました。」

——破門?
安本晴翔=「その後、全力で謝ってなんとか許していただいて今があるのですが、“もうダメだ”と力が抜けたこともありました。」

——原因はともかく、会長への反感は芽生えませんでしたか? 移籍を考えたとか?
安本晴翔=「すべて自分が悪いことが分かっているので、謝る他ありません。それに橋本道場じゃなかったら、僕はプロどころかアマでもキックを続けていられなかったでしょう。橋本道場だからこそ強くなれたんだって確信があります。」

——万が一にもジム移籍や海外に飛び出るなどはない?
安本晴翔=「その時点でそれ以上強くなれないことが確実なのであり得ません。試合のルールや相手やイベントに特にこだわりはありませんが、絶対に言えるのは、師範が“行け!”と言われたところで全力をもって戦う。それだけです。」

——令和の時代に珍しいほどの固い絆で結ばれた師弟ですね。
安本晴翔=「師範の期待に応えたい。それを貫けば僕の未来が拓かれることは間違いないので。」

——その拓かれるべき未来は、どこまでどのようになっていそうですか?
安本晴翔=「それも全然わかりません(笑)。」

——習い事の空手道など含め、格闘技を始めたのはいつから?
安本晴翔=「小2ですから、7歳か8歳かです。初めから橋本道場でした。」

——そこからアマで何戦されて戦績は?
安本晴翔=「正確に記憶していないんですが150戦以上して10試合くらい負けがあります。ドローは負けよりも少し多かったか?」

——するとプロ3年18戦を加味して、現在19歳なわけですから、キャリア約12年、170戦という驚きのベテラン具合です。それでまだ伸びしろの天井が見えないのも驚異的ですが、一体いつまでリングに上がることができるでしょうか?
安本晴翔=「これもわかりません。けど、今行っている大学を卒業するまでに辞めてもいいなとは思います。」

——大学卒業が22歳とするとあと3年?
安本晴翔=「絶対ではありませんが、成長が止まってもズルズルと続けようとは思いません。」

——キックボクシング以外に志していることがある?
安本晴翔=「駿河台大学の現代文化学部ってところにいて、スポーツ文化コースを専攻しているんですけど、スポーツトレーナー関連のことを学べるので、そういう方面がいいかなと。」

——スポーツトレーナーになる為に大学卒業でキックボクサーは引退する?
安本晴翔=「だから辞めるではなく、それまでに完全燃焼できればと目標を立てています。」

——完全燃焼とは?
安本晴翔=「よくわかんないです(笑)。ただ、そう感じられればそうなのかなって。」

——最強の相手と最高の試合をすれば完全燃焼?
安本晴翔=「でしょうか? 僕の場合、勝敗だけじゃなく、お客さんが満足できる試合内容であることも大切です。まずはしっかりとしたテクニックを見せたいし、その上で感動していただきたいなと。」

——今までにそんな試合は?
安本晴翔=「まだないです。駿太さんとの試合(2019年8月18日)は、近いものがあったかも。」

——駿太戦の点数は?
安本晴翔=「80点くらいです。本当は1ラウンドでKOするべきだったし、一撃で仕留めたかったけど、子供の頃に憧れた駿太さんの根性を感じられてドラマ性もあって良い試合だったかなって。」

——満足いっている?

安本晴翔=「ではないです。もっともっとできるはず。」

——現在、フェザー級(57.15kg)前後の契約体重が多いですがベストウェイトは?
安本晴翔=「55kgとかも落ちないことはないですが、コンディションに不安はあります。60kgとかになると通常体重とあまり変わらないので。身体は、まだ大きくなっていますが、しばらくはフェザーがベストで。」

——すると、“神童”那須川天心や“ナチュラルボーンクラッシャー”武尊と同じくらいです。対戦の希望は?
安本晴翔=「もちろん目指していますが、まだ及ばないかなとも思います。」

——すぐにやりたいわけではない?
安本晴翔=「それだけの選手として認められてこそですが、師範がGOならいつでもいきます。」

——今回の世界戦は、その一歩になるかもしれません。
安本晴翔=「ファンの皆さんにそれを望まれるような試合をします。」

——そして、一体、どこまで昇れるか?
安本晴翔=「全然わかりません(笑)!」


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67.0kg契約3回戦
MuayThaiOpenウェルター級チャンピオン.馬木愛里(岡山)
    VS
井原浩之(元・MA日本ミドル級C/Studio-K)

“ピンクダイヤモンド”馬木愛里インタビュー


馬木愛里=(ウマキ・メリ/岡山)2000年8月1日岡山県総社市出身
2014年9月28日デビュー。12戦9勝(5KO)3敗

——鮮やかな桃色のガウンとトランクスに身を包み、長い手足と端麗な容姿、ハイスピードとハイテクニック、16歳で無敗のままルンピニースタジアム認定スーパーライト級7位となった“ピンクダイヤモンド”馬木愛里がようやく岡山のホームリングに帰ってきました。
馬木愛里=「事故で半ば引退状態になって一昨年(第4回、2017年10月9日)の岡山興行は病院からの応援で、悔しいながら盟友の翔貴君が1ラウンドKO勝ちして嬉しかったりもしましたけど、昨年(第5回、2018年12月16日)は、心が死んでしまっていて行く気もなかったのが、ふと気づいたら途中から会場に足が向いて観戦はさせていただきました。第3回(2016年10月9日)以来の出場で素直に嬉しいです。」

——2年にも及んだ長期欠場。まったく情報もなく突然消えたようになられていました。一体、どんな事故でどうなっておられたのでしょう?
馬木愛里=「2017年9月、雨の中、ジムにバイクで練習に行く途中で車に突っ込んでしまいました。太ももの骨が真っ二つになる大腿骨骨折です。」

——大変な重症です。全治までどれくらい?
馬木愛里=「手術をしてボルトで骨を繋いで、半年間はまったく歩くこともできず、リハビリも始められない状態で、ずっと膝が腫れ上がって曲がらない状態でした。1年後、ようやく歩けるようになって、再手術でボルトを抜いたのが今年の2月、バレンタインデーでした。」

——今年7月28日が復帰戦でしたが、その約半年前にボルトを抜いたばかり?
馬木愛里=「病院の先生からは「筋肉が元通りになるのに5年はかかる」と言われて、事故の後は「もうキックボクシングなんかできんやろなぁ」と落ち込んでいたので良かったです。」

——そこまでの大怪我ですから、復帰をすぐに目指すことはできなかった?
馬木愛里=「病んでましたね。“何しとんじゃろ”って自問自答の毎日。突然、人生が180度変わってしまって。『今まで通りに戻すのが難しい』とか言われては意気消沈して。事故で流れてしまった一昨年の岡山興行では、喜入衆選手とルンピニー日本ウェルター級王座決定戦で初めてのタイトルマッチの予定で、かなり入れ込んで懸ける気持ちが大きかっただけに落差が酷くて。」

——そこから再び立ち上がれた要因は?
馬木愛里=「事故の後、出逢えた彼女です。辛い時、困った時、常に心の支えになってくれて、またリングに上がることを躊躇していた自分に『また頑張ったら?』って背中を押してくれたのもそう。本当に大切な人です。」

——そうした復帰戦、今年7月28日、初のタイトルマッチ、MuayThaiOpenウエルター級王座決定戦、セーンケン・ポンムエタイジム戦は、2ラウンドKO勝利となりました。
馬木愛里=「動けるようになってからずっと足場屋の現場仕事をしていてパワーは上がりました。けど、仲のいい安本晴翔(橋本道場の若き天才児)に「スピード落ちたよね」とズバリ言われてショックでした。」

——しかし、試合は前蹴りでダウンを奪っての快勝だったようです。
馬木愛里=「あれは、普通の前蹴りじゃないんです。かといって三日月蹴りでもない。オリジナル技でガードがされにくい蹴り方を工夫していたら出来上がりました。距離を取りながら効かせて倒すこともできるので便利です。」

——町田光の居合パンチのように名前を付けますか?
馬木愛里=「あんなに見た目に分かりやすい技ではないので、追々いいように言っていいただければ。」

——そんな独自の技でKO勝ちしても出来は不満?
馬木愛里=「30点ですかね。まだまだこんなもんじゃない。」

——復帰後は、電光石火、11月17日の岡山興行前に10月14日、J-NETWORKとJAPAN KICKBOXING INNOVATIONがコラボした後楽園ホール興行に出場が決まりました。しかも相手は、JK・INNOVATIONウェルター級チャンピオン、番長兇侍です。
馬木愛里=「凄い一発のあるハードヒッターと聞いています。実際、名のある強い選手を倒しているし。ただ、僕に大振りのパンチは当たりません(微笑)。」

——それと番長は、愛里選手と同じく、王座防衛戦で11月17日、岡山で太聖と3度目の激突(過去2戦1勝1敗)が決まっています。」
馬木愛里=「そこは、何も考えることはないです。相手の先のことなんか知ったこっちゃない。斬れる時に斬るし、倒せる時に躊躇も忖度もなく倒しにいきます。」

——番長は、盟友・太聖のライバルであると共に「ズッ友(ずっと友達)」と呼び合う親友でもあります。
馬木愛里=「太聖君は、大切な仲間ですが、そこはまったく関係ありません。そこはそこ、僕は僕で。」

——復活の馬木選手と以前の違いは?
馬木愛里=「技やスピードはともかく、心の中、取り組み意識がまるっきり変わりました。事故前は、何はなくとも「自分、じぶん、ジブン」で他人のことなど思いやる余裕がありませんでした。今は、すべてはまわりの人たち誰かのおかげで成り立っているのだと思えるようになました。」

——そんな馬木選手が地元・岡山で対戦する元・MA日本ミドル級チャンピオン、井原浩之です。
馬木愛里=「井原選手のおられる広島のStudio-Kは、ジムでアマチュア大会が行われるので、事故の前、よくうちのジムの子供たちを連れて行きましたから、親しいわけではありませんが面識があります。何せミドル級だったわけで、体格とパワーは段違いです。だから、僕は“それ以外”で勝負して圧倒してみせます。

——ハードな連戦を勝ち抜けた後の展望は?
馬木愛里=「道が敷かれていたルンピニータイトルは獲らなくちゃと。これは忘れ物ですから。」

——忘れ物?
馬木愛里=「以前ほど、絶対的な強者の称号としてルンピニーがほしいとは思いません。やるのであれば、より本物を。タイ現地で挑みたいと願うし、世界中の誰もが認める強い相手のベルトを奪い獲りたいなって。」

——それは例えば?
馬木愛里=「ルンピニーのウェルター級チャンピオンがフランス人のラフィー・ボーヒックですけど、コイツは強い!日本ではほとんど知られていないかもしれませんが、“最強”と言っていい本物です。そういう相手に勝って、歴史に名を刻んで、解る人の記憶に残りたい。」

——以前から本物志向が強かった馬木選手ですがますますですね?
馬木愛里=「少し変わりました。前までは本物であればなんでもいいと開き直っていました。ベルトは持っているけど凡庸な有象無象の相手なんて眼中にない。日本人とだって余程の相手じゃないとやる気がしないなんて。それが、本物の追及は芯にありながら「有名にならなければ意味がない」とも思えるようになりました。だから、どんな相手でも何のベルトでも誰とでもどこででもやって、もらえる名声、ベルトや勲章は全部ほしいです。」

——今までにない貪欲さを感じます。特にやりたい日本人選手はおられますか?
馬木愛里=「それは誰でもいいんです。ただ、事故前にルンピニー日本タイトルマッチをやるはずだった喜入衆選手とは、自分のケジメとしてやらせていただきたいなと。そこから先は、やって名前が上がるなら誰とどこででも。」

——K-1やRISEは?
馬木愛里=「僕はムエタイ選手なので肘首(ヒジ打ちと首相撲)がない別競技はしません。

——あくまでムエタイの本格派でかつ有名選手となることを狙うと。
馬木愛里=「ここまで自分を支えてくれた皆に恩返しできるよう、自分を磨き上げます!」


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井原浩之インタビュー



井原浩之(Studio-K)1984年3月21日広島県呉市出身
26戦11勝(5KO)13敗2分

——岡山とは隣県の広島にあるStudio-Kは、以前から岡山ジムと親交深かったと思われますが、今度の対戦相手、馬木愛里もよくご存じなのでは?
井原浩之=「いやあ、強いし、カッコいいし、馬木さん(岡山ジムの馬木一路会長)の息子さんですし、それはもう。」

——するとやりにくい部分もあるかもしれませんが、どんな試合になりそうですか?
井原浩之=「どうしたっていい試合にしかなりそうにないです!」

——それは楽しみな断言です。根拠は?
井原浩之=「僕が派手にやられても盛り上がるでしょうけど、ガッチリ仕上げて完璧なコンディションで臨むので、熱い接戦になるし、そこは自信があります!」

——井原選手の試合を初めて見る人に説明するとしたら、どんなタイプでしょうか?
井原浩之=「どちらかといえばファイタータイプです。特に偏重して得意な技があるでもなく、弱点もないオールマイティかな。試合の中で相手の穴を見つけて、嫌がるところを突いて光を消していくうちにこちらは波に乗っていくのが勝利パターンです。」

——ここまでに至る経歴もお聞かせください。
井原浩之=「学生までサッカーをやり込みました。昔から格闘技に興味はあったのですが、その頃はサッカー一色で。社会人になってしばらく経って、一人でもできるスポーツをしたいなと。そこで、殴り合うことが怖かった自分に打ち勝つためにも「これはやらんといかんのう」とStudio-Kの門を叩きました。それが25歳の時です。」

——キックボクシングを始めるにはかなり遅い選択です。はじめからプロ志望で?
井原浩之=「それはまったくなかったです。ただ、同じジムの先輩で30歳ながらMA日本ランカーになられて40歳でタイトルに挑戦した村田さん(村田康行)や頑張っている先輩たちがおられたので、ちょっとは意識したかもしれません。」

——プロファイターに人生の針が振れたのは?
井原浩之=「岡山ジムさんが主催するグローブ空手の大会で65kgのトーナメントに出て準決勝戦だったか決勝戦で翔貴選手と当たったんですね。ここでは判定負けしてしまうのですが、不思議と悔しくなかった。そして、それは「悔しいと思えるほど自分が練習をやりきっていない」ことに気づきました。ならば、やれるとこまでやってやろうと仕事を辞めて取り組むことにしました。」

——20代後半に入って定職を捨ててまで?
井原浩之=「職場の方には自分のわがままで迷惑をかけてしまい、今となっては申し訳ない気持ちがありながら、当時は盲目で猪突猛進になってしまいました。やるなら徹底しなくちゃなと。」

——そこからプロデビューは?
井原浩之=「アマを30戦ほどしてから29歳ぐらいに。それから東京の後楽園ホールや地元の広島県呉市、中国への海外遠征などで試合をさせていただき、色々な経験をさせていただきました。」

——MA日本ミドル級チャンピオンになったのは?
2017年5月28日、大阪で二刃会のyama刃(=ヤマト)選手と王座決定戦をやりました。ボロボロになるまで打ち合いって、後でVTRを見返したら「よう倒れんかったな」ってくらいに。正直、(記憶が飛んで)覚えていないくらいです。

——その後は?
井原浩之=「昨年6月3日に竹市一樹選手相手に防衛して、今年2月3日、横山剛選手に負けてベルトを手放しました。」

——横山剛といえば、国内屈指の実力者です。
井原浩之=「全国トップクラスの壁を感じました。ミドル級のタイトルを獲らせてはいただきましたが、自分はウェルター級が適正だなと思い知らされて。」

——すると、今回の契約体重67kgは?
井原浩之=「ベストです!」

——馬木はスーパーライト級から上げてくるわけで、その意味で体格やパワーに優位があると思われます。
井原浩之=「勝たないけんのんで!」

——天才児と名高い馬木に勝利したその後の展望は?
井原浩之=「それは今言うことじゃないです。勝ってこそアピールできる権利が得られる。綺麗なキックボクシングをするのは向こうでしょう。だけど、僕ならではのキックボクシングでどんな僅差になろうと勝利してみせます!」

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ジャパンキックイノベーション広報よりリリースされました情報を掲載しています。
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(堀田春樹)No.92