サミー中村氏、喜寿のお祝い!

  • 2020/03/08(日)

かなり前のお話ながら、1月26日にセントポールズサロン銀座で行われた舟木昭太郎さんのトークショー新年祭りに於いて、元・レフェリー、サミー中村さんの喜寿のお祝いが催されました。




1943年(昭和18年)生まれは沢村忠氏と同い年。更に昭和40年代、創生期から続くレフェリーの存在は他にも居られますが、日本人初の本場ルンピニースタジアム公認レフェリーになったサミー中村さん。



その経緯は昭和40年代後半、全日本キックの試合で起きたアクシデントから始まりました。サミーさんのレフェリングミスから選手を怪我させ、その反省からタイで修行を決意、ルンピニースタジアムで修行した後、ライセンスを取得。試合を裁き、地方での経験も積み、1977年(昭和52年)に全日本キックに復帰されました。



その後も1981年、全日本マーシャルアーツ連盟を経て、1985年、MA日本キックボクシング連盟に合流。更に1987年、全日本キックの復興で古巣に移籍。後々、日本ムエタイレフェリー協会を設立しメンバーを集め、新日本キックボクシング協会に参加していた時期もありました。近年はジュニアキック・ムエタイの審判員として参加されているようです。



1970年にレフェリーデビューし、今年で満50年となるサミー中村氏、本名は中村智英。
サミーという名はSammy Davis Jr氏から拝借したリングネームであります。



お祝いでは女性陣による花束贈呈や「ハッピーバースデー」の合唱、小林初枝さんの三味線も披露されました。



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コロナウイルス影響で今更、話題不足の穴埋めのような拾い記事となっていますが、元々使うつもりが放りぱなしになってしまった話題です。
この舟木さんの会も中止・延期が続いています。キックのレジェンドたちは心身とも頑丈でコロナ感染の恐れは無いように思えますが、一般の参加者、スタッフも居ますのでやっぱり中止は止むを得ないでしょう。



(堀田春樹)No.24  / 3月8日掲載

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